嫌いな父の誕生日

今日、今どこかで生きてることも、万が一あるとして、その嫌いな父親の誕生日でした。それを忘れたくなくて、

本能的に嫌悪して、自爆してやるつもりはないから・・・。子供たちとどこか出かけたいと思っていました。朝早くから土日に出かけることがない私は、長女が小学校に入っても、ずっとできないことや変えられない過去を1日も忘れることができなくて、それが苦しくて(消せない)を受け入れられないことで悩んでいました。いつか、それさえ忘れられたらと、すがってもどうしようもなくて、今日も「父親の誕生日なんだ。」とは、うーん・・・。今年も、かな。子供たちの誰にも話していません。日記にもね。

せめてもの反逆で、記憶を上書きすることを繰り返すしかないからそうして出かけて、来年また同じ日が来るイライラや、どうしようもできないことは変えられないが、来年の同じ日の気持ちはいつか変わるように願っているのです。
普通の1日になっちゃって、そこら辺しか行ってないけど。その代わり、こうして去年つらかった1日と今日は違っていた。
もちろん、変わってしまいつらいことはあるけど。
頑張って、でもうまくいかなかったことはせめても仕方がないさ。
だれのせいでもないから、不安は明日に増やさないように封印します。
どうにかやりすごせるようになりますように。

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